創価がアカンと思った瞬間シリーズ。2

創価はダメだ第二弾は、今から十数年前に、

御守御本尊を流布する闘いがあったのだが、

そのときの実話です。


その前に、宗祖大聖人様は本尊の受与についてなんと仰ってみえるかといいますと、例えば阿仏房御書では、、


》》あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ。子にあらずんばゆづる事なかれ。信心強盛(ごうじょう)の者に非(あら)ずんば見する事なかれ《《


と仰って、御本尊は、むやみに譲ってはいけないし、信仰心の厚いものでなければ、見せてもイケないと仰っていますな。

また弟子の日興上人も、、


》》日興弟子分の本尊に於ては一一皆書き付け奉る事誠に凡筆を以て直に聖筆を黷す事最も其の恐れ有りと雖も或は親には強盛の信心を以て之を賜うと雖も子孫等之を捨て、或は師には常随給仕の功に酬いて之を授与すと雖も弟子等之を捨つ、之に依つて或は以て交易し或は以て他の為に盗まる、此くの如きの類い其れ数多なり故に所賜の本主の交名を書き付くるは後代の高名の為なり。《《


と、御本尊を書写されるのも、御本尊を受与するのも、並々ならぬ覚悟で臨まれているようです。


要するに御本尊様は、物凄く信仰心の厚いものにしか受与しないということが言えます。


で、これは、十数年前の実話っす。


その時は創価班大学校の卒業もあいまって、折伏の闘いでした。ただ、何時もの折伏の闘いと違ったのは御守御本尊といって、ペンダントの御本尊を持たせようという闘いでした。


上から降りてきた指導は、仏壇を置けない方や親に反対されるような方も、学会員になれる。御本尊を持てると言うようなものでした。


僕は、コリャイカンと思い、↑のような御書を引いて、反抗しましたが、


先生のお心がわからんのか?!

レベルの指導を受け、メンドクセーので、引き下がりました。


そしてある日、僕の家が折伏の場になった時のことです。

決着責任者(折伏をして相手を学会に入れる)として圏幹部が来ました。


その圏幹部が新来者に話始めました。

傍から聞いていると、死ぬほどマヌケな話だったので、案の定新来者の方も、もう、帰りたいコールを始めました。


すると、圏幹部はこう言いました。


君さ〜?○○神社の御守もってるんだろ?

コレも(ペンダント御本尊)

それと同じと思えばいいだろ〜?

何故そんなに、拒むわけ〜?

○○神社の御守と思って気楽に持てばいいんじゃないの?


と言いました。


その時僕は確信した。


あっ、完全に日蓮仏法じゃねーな。


てか、謗法確定演出出たな。


間違いない。

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